大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 昭和27年(ネ)319号 判決

控訴人 富永正夫

補助参加人 富永アヤ

被控訴人 富国生命保険相互会社

主文

原判決を左のとおり変更する。

控訴人は被控訴人に対し大阪市北区小松原町二七番地宅地一一〇七・四坪の内西北部一〇〇坪(別紙〈省略〉図面記載の(イ)(ロ)(ハ)(ニ)(ホ)(ヘ)(ト)(チ)(リ)(イ)の各点を順次連結する線内の土地実測一一七・五八坪)を明け渡し、かつ昭和二二年一二月一〇日から右明渡済まで一ケ月金五〇〇円の割合による金員を支払わなければならない。

被控訴人その余の請求を棄却する。

訴訟費用中参加によつて生じた分は被控訴人の負担としその余は第一、第二審とも控訴人の負担とする。

本判決中被控訴人勝訴の部分に限り、被控訴人において土地明渡の部分につき金二〇〇、〇〇〇円の担保を供するとき、金員支払の部分につき担保を供しないで仮りにこれを執行することができる。

控訴人において土地明渡の部分につき金三〇〇、〇〇〇円、金員支払の部分につき金五〇、〇〇〇円の担保を供するときは右仮執行を免れることができる。

事実

控訴代理人は原判決を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、第二審とも被控訴人の負担とする旨の判決、ならびに敗訴の場合における担保を条件とする仮執行免脱の宣言を求め、なお被控訴人が当番においてなした請求の拡張は不適法で許されないと述べ、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求め、なおその請求の趣旨を拡張し、控訴人は被控訴人に対し主文第二項掲記の土地(以下本件土地と称する)を同地上に存する木造瓦、スレート交葺二階建家屋一棟建坪約五八・八〇一坪二階坪約一九・四五七坪(登記簿上は大阪市北区小松原町二七番地上家屋番号同町八七番の六木造瓦葺平家建店舗一棟建坪四一・九坪所有名義富永アヤ以下本件家屋と称する)を収去して明け渡し、かつ昭和二二年一二月一〇日から右明渡済まで一ケ月金五〇〇円の割合による金員を支払わなければならない。訴訟費用は第一、第二審とも控訴人の負担とする旨の判決、ならびに仮執行の宣言を求めた。

被控訴人はその請求原因として、

第一、被控訴人は昭和二一年六月二〇日控訴人に対しその経営する大永商事の事務所、委託販売所、高級喫茶店の仮建設を目的として被控訴人所有にかかる本件土地を賃料一坪につき一ケ月金五円毎月五日払、期間七月一日から満二ケ年、期間満了の際被控訴人または控訴人から解約、または更改の申出なきときは当事者間に本契約を続行する意思あるものとして継続有効なるものとするその他土地賃貸借契約書(乙第三号証)記載の約定にて賃貸し、その後右賃貸借につき被控訴人から右賃貸借契約を確認すると共に契約内容の一部を変更する趣旨にて、大阪区裁判所に即決和解の申立をなし、昭和二一年九月二〇日被控訴人と控訴人との間に被控訴人は控訴人に対し臨時設備その他一時使用の目的で右土地を賃料一ケ月一坪につき金五円毎月五日払、但し四囲の事情によりこれを増額しうる。期間は昭和二三年六月一九日まで、期間満了の際被控訴人において異議なきときは期間満了の日から満二ケ年を限り本契約を更新することを得その他和解調書(甲第四号証)記載の約定にて賃貸する旨の裁判上の和解が成立したところ、控訴人は本件土地を別紙図面記載の如く(一)ないし(四)に区画し、(一)、(三)の部分に仮建築をし、これを店舗として開業すると共に、被控訴人に無断で(二)の部分を松井信一に、(四)の部分を永砂勇太郎に転貸し、同人等もそれぞれ同地上に仮建築をして店舗を開業したが、昭和二二年一一月中旬頃右(三)の部分に建設された控訴人所有の店舗と、(四)の部分に建設せられた氷砂所有の店舗が火災によつて焼失した。そこで、被控訴人は昭和二二年一二月一〇日控訴人着の書面を以て右無断転貸を理由として賃貸借を解除する旨の意思表示をしたので、本件賃貸借契約は同日限り終了したものである。

第二、仮りに右理由ないとするも、本件賃貸借契約は臨時設備その他一時使用のため借地権を設定したことの明かな場合であるから昭和二三年六月一九日限り期間満了により終了したものである。

第三、仮りに右理由ないとするも、控訴人は昭和二三年三月被控訴人に無断で杉田実(但し転借人名義は杉田玉恵)に別紙図面記載の(三)の部分約一六坪を転貸し、また本件家屋が控訴人の所有でなく登記簿上の名義人である富永アヤの所有とすれば、控訴人は本件家屋が富永アヤ名義で保存登記のなされた昭和二三年九月一〇日から被控訴人に無断で富永アヤに別紙図面記載の(一)の部分を転貸したことになるので、右無断転貸を理由として昭和三〇年一一月二五日の当審口頭弁論期日に本件賃貸借を解除する旨の意思表示をしたので、本件賃貸借は同日限り終了したものである。

よつて被控訴人は控訴人に対し本件土地を同地上に存する本件家屋を収去して明け渡し、かつ第一の請求原因事実にもとずく場合は昭和二二年一二月一〇日から右明渡済まで一ケ月金五〇〇円の割合による賃料相当の損害金、また第二、第三の請求原因事実にもとずく場合は昭和二二年一二月一〇日から右明渡済まで同額の賃料、および賃料相当の損害金の支払を求めるため本訴に及ぶと述べ、被控訴人主張の第一の事実に対する控訴人主張の抗弁事実に対し、控訴人は裁判上の和解が成立した和解期日に被控訴人の代理人であつた弁護士鳥巣新一が出頭しなかつたと主張するが、右和解調書は裁判所が作成した公文書であるから、これに虚偽の記載が為されてあるという主張は軽々になすべきでなく、客観的に十分首肯しうる証拠がなければ為すべきでない。本件においては控訴人等の頼りない記憶を基礎とするか、故意に事実を枉げて主張するもので一種の謀略に過ぎず、その他右和解を無効とする控訴人主張事実はすべてこれを否認する。なお右和解調書は控訴人に対し本件建物収去土地明渡の執行をなし得べき債務名義としての効力がないので、本訴提起の必要があり不適法ではない。被控訴人主張の第二の事実に対する控訴人主張の抗争事実に対し、被控訴人は本件土地に隣接する被控訴人所有の土地を大山吉雄に、更に該土地に隣接する土地を塩野茂治郎、柴田組、阪急園芸株式会社に賃貸したが、いずれも一時使用の目的でなされたもので、塩野等はこれを認めて和解が成立しているし、大山がその賃借地上に建築した家屋を同人から買い受けてその敷地を占有する須沢正身外六名との間にも前同様の和解が成立している。類似の経過と事情で成立した賃貸借契約が控訴人等の場合のみ別異に取り扱うことは理論上も実際上も考えられず、本件賃貸借は一時使用のためになされたもので、借地法第二条の適用のないことは明白である。本件土地の明渡請求が権利の濫用として許されないとする控訴人主張の抗弁に対し、被控訴人は本件土地の明渡が完了すれば、右土地を含む一帯の土地に大阪の玄関口に恥しくないビルを建設する予定であり、現在大阪駅前には多数のビルが建設せられつつあるが、特に第一生命保険相互会社が被控訴人の同業者として先鞭をつけているので、これに匹敵するものを建設し、大阪の玄関を立派にするために明渡を求めるもので、控訴人を無視し、何の必要もなくて本件土地の明渡を求めるものでないから権利の濫用ではなく、むしろ当然の権利の行使である。また本件土地中現に控訴人が占有使用している部分は六三・〇一坪で、その余の土地中八・七坪は鉄尾一三、一〇・六坪は株式会社大村、一六・七八坪は株式会社武蔵、一八・四九坪は松井信一において占有使用していること、鉄尾一三外二名との間に控訴人主張の如く和解調書を作成していることは認むるも、鉄尾一三、株式会社大村の分は永砂勇太郎が、株式会社武蔵の分は杉田実が控訴人から無断転借した土地で、控訴人に対し本件土地の明渡を求むる妨となるものでない。なお控訴人主張の自白の取消には異論があると述べた。

控訴代理人は答弁として、被控訴人主張の第一の事実に対し、控訴人が昭和二一年六月二〇日本件土地を被控訴人主張の約定にて賃借し、その後右賃貸借につき被控訴人から大阪区裁判所に即決和解の申立をなし、昭和二一年九月二〇日被控訴人と控訴人との間に被控訴人主張の如き内容の裁判上の和解が成立し、控訴人は右土地を被控訴人主張の如く(一)ないし(四)に区画し、(一)の部分に建築された本件家屋および(三)の部分に建築された家屋を店舗として開業し、(二)の部分を松井信一に、(四)の部分を永砂勇太郎に転貸し、同人等もそれぞれ同地上に家屋を建築して店舗を開業したこと、昭和二二年一一月一二日頃(控訴人の答弁書には昭和二二年一二月一二日頃とあるも、昭和二二年一一月一二日頃の誤記と認める)(三)、(四)の部分に存した家屋が火災によつて焼失したこと、昭和二二年一二月一〇日控訴人着の書面で被控訴人主張の如き契約解除の意思表示のあつたことは認めるも、その余の被控訴人主張事実はこれを争う。

被控訴人と控訴人との間に成立した裁判上の和解は次の如き理由によつてその効力がない。(一)、被控訴人と控訴人との間の前記賃貸借に関し何等紛議がないのに、被控訴人において紛議があると称し、形式上和解調書を作成されたき旨申し入れ、控訴人は真実かかる和解をなす意思がないのに、裁判所に誘導せられて右和解調書が作成されたものであるから無効である。(二)、仮りに右理由がないとするも、右和解調書には大阪区裁判所法廷において被控訴人の代理人として弁護士鳥巣新一が出頭し裁判所書記籠谷一臣が立会した旨の記載あるも、右和解期日にはこれらのものが出頭立会することなくして和解がなされ、而も右和解は大阪区裁判所の法廷で行われなかつたものであるから無効である。(三)、仮りに右理由ないとするも、賃貸借期間二年とあるは借地法第二条に違反し、借地人に不利な条件を定めたものであるから無効であるばかりでなく、和解条項中には臨時設備その他一時使用の目的で本件土地を賃貸するとあるが、控訴人は高級喫茶店を経営する目的で右土地を賃借したものでかかる約定をなす意思なく、右約定が借地法の適用を排除せんとするものならば、控訴人をしてその趣旨を納得せしめなければならない重要なる契約の要素であるにもかかわらず、控訴人にその趣旨を理解せしめていない。また和解条項中に本契約期限は昭和二三年六月一九日までとすとあるが、右は控訴人において賃料改定の期間を二年とする趣旨であると考えて承諾したものであり、賃貸期間を二年とする趣旨ならば控訴人の承服しえないところであるから、右各約定が被控訴人主張の如き趣旨とすれば控訴人にこれを締結する意思なかりしものとして無効である。仮りにそうでないとするも、右各約定は事実に反し被控訴人と通じて為した虚偽の意思表示にもとずくものとして無効である。仮りにそうでないとするも、右各約定は控訴人においてその趣旨を認識せずしてなしたもので、法律行為の要素に錯誤があるものとして無効である。(四)、仮りに右理由なく裁判上の和解が有効なものとすれば、控訴人に対しては右和解調書の執行力ある正本にもとずき本件土地の明渡の執行をなせば足り、再び控訴人に対しこれが明渡の請求をなす必要がなく、本訴は不適法として却下さるべきものである。而も控訴人が松井信一、永砂勇太郎に対する前記賃貸借をなすについては、被控訴人の承諾を得ている。すなわち、本件土地中転貸部分は交通至便な北大阪の玄関口にあり、一坪をも争うような狭少な土地で、本件土地全部を控訴人独りで使用しないことは賃借当初から被控訴人の承認するところであり、契約当時口頭で右転貸借につき承認を得た。また右地上に各家屋を建築するについては、建築許可申請につき地主である被控訴人の承諾を得ており、転借後各自堂々と店舗を開業したのに、被控訴人は何等異議を述べず、火災後初めて契約解除の意思表示をしたことによつても、従来被控訴人において右転貸を承諾していたことが明白である。而も右転貸の承諾は当時被控訴人の大阪北支社長であつた富永英治、および被控訴人の大阪営業部の営業部長であつた武田仲雄がなしたものである。仮りに右富永英治に承諾を与える権限がなかつたとするも、当時同人は保険契約等の締結につき被控訴人を代理する権限を有していたので、控訴人を初め転借人等は同人にかかる権限あるものと信じたもので、かつ、かく信じたことに過失がないので、右転貸借を以て被控訴人に対抗しうるものである。被控訴人主張の第二の事実に対し、借地法第九条にいわゆる臨時設備その他一時使用のため借地権を設定したこと明かな場合とは賃借地上に存する設備の構造、種類、土地利用の目的その他の事情から当事者間に借地権を短期間に限り存続せしめる合意が成立しと推認せられる相当な場合であつて、借地上に建設せられた建物使用の目的態様に永続性がなく、借地人をして期間的に保護する必要のないことが明瞭な場合でなければならず、かかる場合にあたるか否かは契約成立の事情、契約をなした目的契約当時の当事者の意思、社会状態、建物の構造、性質等を綜合して判定すべきものなるところ、本件賃貸借がその場合にあたらないことは次の諸点から考えて明白である。(一)、本件土地を含む一帯の土地約一〇〇〇坪は終戦後荒廃するにまかせ瓦礫山積し、誰一人これを利用しようと考える者もなく見捨てられた土地で、夜は強盗の出るような状態であつた。(二)、当時右土地は第三国人により不法に占拠せられる虞があり、警察力に訴えてもその防止に困難を極め、而も駐留軍によつて接収せられる不安もあり、これらの危険と不安を除去するため、被控訴人は善良なる借地人に賃貸することを熱望していた折柄、被控訴人の大阪北支社長であつた富永英治の紹介により、その実弟である控訴人に対し本件土地を賃貸したものである。(三)、当時被控訴人において右地上に自己の建物を建設するが如き恒久的計画はなく、仮りにその計画をしたとしても本件賃貸借成立後のことである。(四)、本件土地の賃借人である控訴人を初め、右土地に隣接する被控訴人所有土地の賃借人である大山吉雄、塩野茂治郎、阪急園芸株式会社はいずれも当初は単なる私書証書によつて賃借したものであるが、右証書にはいずれも一時使用のためにする旨の約定がない。(五)、控訴人は高級喫茶店の経営を目的とし、同店舗を建築するために土地を賃借したもので、高級喫茶店といえばバラツクでなく相当の建築費を要する建物であり、更に控訴人が本地を地割してその一部を松井信一、永砂勇太郎に転貸するについて、被控訴人も右地割に立ち会い転貸を承諾している。(六)、被控訴人から示された裁判上の和解条項(乙第四号の一)には控訴人において本件家屋が臨時設備その他一時使用の目的を以てする仮設建物であることを承認する旨の記載あるも、本件家屋は本建築であつて、仮設建物でないのに、強いて事実に反しかかる記載をしたからといつて、これがため本件家屋がかかる性質の建物に変更するものでなく、借地法第二条ないし第八条の適用を排除する効力がない。(七)、本件裁判上の和解条項には本契約期限は昭和二三年六月一九日までとす。賃貸借期限終了の際被控訴人において異議なきときは期限満了の日から満二年を限り本契約を更新することを得とあるも、本件賃貸借が一時使用のためならば、かかる更新の約定を必要としない。(八)、被控訴人において真に本件土地にビルを建設するとか、その他自己の用途に使用する必要があるならば、裁判上の和解条項にその旨記載すべきにかかわらずその記載がなく、その他和解調書の記載からは一時使用のための賃貸借であることが認められない。なお本件家屋は恒久性を有する建物であつて被控訴人主張のようなバラツク式のものでない。本件家屋は昭和二一年六月建築されたもので、戦災都市における建築物の制限に関する勅令第三八九号は昭和二一年八月一五日公布せられ、同日施行されたものであるから、本件家屋には適用がなく、本件家屋は事実上は勿論法律上も仮設建物ではない。また本件賃貸借については元来期間の定がなく、賃貸借契約の約定中に期間二年とあるは賃料改定の期間を定めたもので、賃貸借の存続期間を定めたものでない。控訴人等は高利の資金を借り入れ、または不動産を売却して資金を得、これを投資して店舗を建築し、各自の用途に従つて造作し、刻苦奮闘した結果、北大阪唯一の繁華街を現出するに至つたもので、被控訴人主張の如く期間二年というのであれば、何人も前記の如き多額の投資をする筈なく、かかる事情から考えても賃料改定期間であつて賃貸借の存続期間でないことが明白である。而も控訴人は外地からの引揚者で決死的事業を決意し、資本を投じて営業に従事せるもので、本件賃貸借には借地法の適用があり、本件家屋は同法第二条の堅固の建物に該当するので、その期間は三〇年であつて未だ終了していない。被控訴人は隣地の借地人がその主張の如く和解し、一時使用のために借地権を設定したものであることを認めていると主張するが、右事実はこれを否認する。仮りにそうした事実があつたとしても、本件土地の賃貸借に何等影響を与えるものでない。従つて本件賃貸借が期間満了により終了したことを原因とする被控訴人の請求は失当である。仮りに本件賃貸借の存続期間が二年の約定であるとすれば、控訴人は借地法第四条の規定により賃貸借の更新を請求する。若し、被控訴人においてこれを承諾しないときは、同法第四条第二項の規定により本件家屋、および自ら権原にもとずいて土地に附着せしめた物の買取を請求する。被控訴人主張の第三の事実に対し各転貸借の事実はこれを認めるも、右事実は被控訴人において数年前から熟知しているところであつて、当審の最終段階において突如としてかかる主張を追加するは故意、または重大な過失により時機に遅れて提出された攻撃方法であり、これがため著しく訴訟の完結を遅延せしめるものであるから、民訴第一三九条によりその却下を求める。仮りに却下されないとするも、杉田実は転借地上の家屋を株式会社武蔵に譲渡すると共に土地の占有をも同会社に移転し、その際被控訴人は同会社との間に右土地の占有使用を認容し、建物収去土地明渡につき裁判上の和解をなし、既に右転貸借関係は解決済である。然るに、今これを理由として本件賃貸借を解除することは許されない。仮りに解除権があるとするも、かかる情況の下に賃貸借を解除することは解除権の濫用として許されない。また控訴人の富永アヤに対する転貸は昭和二一年七月であつて、本件家屋は昭和二一年七月富永アヤが建築許可を受けてこれを建築したものであるが、右建築許可を申請するにつき、地主である被控訴人から土地使用の承諾印を得ているので、右転貸借については被控訴人において承諾を与えたものであるから、右転貸を理由として本件賃貸借を解除することはできない。以上いずれもその理由がないとするも、控訴人等の努力により、本件土地が予想外に繁栄し、地価暴騰し、北大阪随一の歓楽境を現出するに至るや、被控訴人はこれに着眼し、本件土地の明渡を求め、かつ近来ビル建設の流行に便乗しようとするものであり、被控訴人は本件土地にビルを建設する予定であつたというが、本件賃貸借当時かかる予定があつたとすれば、契約条項に記載すべき筈であるのにかかる事実はなく、一方本件土地を含む一帯の土地は控訴人等が引揚者、戦災者であつた無一物時代から、ありとあらゆる資本を投じ、現在の隆盛を来たしたもので、血と汗と涙の結晶であり、右土地には約七〇戸の店舗があり、その家族二五五人、従業員四二二人、税金の決定九〇、〇〇〇、〇〇〇円、一日の売上約三、五〇〇、〇〇〇円、一日の所得約一、〇〇〇、〇〇〇円、北大阪随一の繁華街を現出し、その隆盛は南の千日前に匹敵するものである。被控訴人は本件土地の明渡を求めるにつき、必ずしもこれを実行しなければならぬような緊急な必要に迫られて居らぬのに、これが明渡を求めることは明かに権利の濫用であつて、到底許さるべきものでない。仮りに右主張もその理由がないとするも、本件土地中現に控訴人、および富永アヤが占有使用している部分は六三・〇一坪に過ぎず、その余の土地中八・七坪は鉄尾一三、一〇・六坪は株式会社大村、一六・七八坪は株式会社武蔵においてそれぞれ占有使用しており、被控訴人は鉄尾一三外二名との間に一定期間右土地を使用することを許容し、期間満了後地上の建物を収去して土地を明け渡すこととし、各当事者間に裁判上の和解が成立しているので、同人等の占有部分につき控訴人に対しその明渡を求める被控訴人の請求は失当であると述べ、なお控訴代理人が昭和二六年一〇月九日の原審口頭弁論期日において本件家屋が控訴人の所有であることを認める旨自白したが、右自白は事実に反し錯誤にもとずくものであるから、これを取り消すと述べた。

控訴人補助参加人の代理人は本件家屋は補助参加人の所有であると述べた。

〈立証省略〉

理由

先ず被控訴人が当審においてなした請求の拡張の適否について判断するに、被控訴人は昭和二一年九月二〇日控訴人との間に成立した裁判上の和解による賃貸借契約の終了を原因とし、本件土地の明渡を求めることは原審以来何等の変更なく、原審において本件土地の内その一部の明渡を求めていたが、当審において請求を拡張し、本件土地全部の明渡を求むるに至つたもので、その間請求の基礎に変更なきは勿論、これがため訴訟の完結を著しく遅延せしむるものとも考えられないので、右請求の拡張は適法であつて、この点に関する控訴人の主張はその理由がない。

次に被控訴人主張の第一の事実にもとずく請求の当否について判断する。

被控訴人が昭和二一年六月二〇日控訴人に対しその経営する大永商事の事務所、委託販売所、高級喫茶店の仮建設を目的として、被控訴人所有にかかる本件土地を賃料一ケ月一坪につき金五円、毎月五日払、期間昭和二一年七月一日から満二年、期間満了の際被控訴人、または控訴人から解約、または更改の申出なきときは当事者間に本契約を続行する意思あるものとして継続有効なるものとするその他土地賃貸借契約書(乙第三号証)記載の約定にて賃貸し、その後右賃貸借につき、被控訴人から大阪区裁判所に即決和解の申立をなし、昭和二一年九月二〇日被控訴人と控訴人との間に、被控訴人は控訴人に対し臨時設備その他一時使用の目的で本件土地を賃料一ケ月一坪につき金五円毎月五日払、但し賃料は四囲の事情によりこれを増額しうる、期間は昭和二三年六月一九日まで、期間満了の際、被控訴人において異議なきときは向う満二年を限り本契約を更新することをうる。その他和解調書(甲第四号証)記拠の約定にて賃貸する旨の裁判上の和解が成立したことは当事者間に争がないので、何等反証のない本件においては昭和二一年六月二〇日の賃貸借契約は、昭和二一年九月二〇日成立した裁判上の和解により、右和解調書の記載のとおり当事者間に前者と同一約定部分についてはこれを確認し、前者と異る部分についてはこれを変更したもので、本件賃貸借契約の内容は昭和二一年九月二〇日以後右和解調書記載のとおりに改められたものと認むるを相当とする。

控訴人は右裁判上の和解はその主張の如き理由により無効であると主張するので、その各主張の当否について逐次判断する。

(一)、控訴人は被控訴人と控訴人との間に前記賃貸借に関し何等紛議がないのに被控訴人において紛議があると称し、かつ、控訴人においても真実かかる和解をなす意思なくして成立した和解であるから無効であると主張するが、いわゆる即決和解は訴訟防止のために、権利関係の存否、その内容、または範囲について争ある場合だけでなく、権利関係についての不確実、または権利実行の不安全の場合にもなしうるものと解すべきところ、成立に争のない乙第三号証、同じく甲第四号証に原審における証人馬野登、武田仲雄の各証言、当審における富永英治、原田好郎、永幡正之、阿部泰一の各証言、控訴人本人の供述を綜合すると、昭和二一年六月二〇日被控訴人と控訴人との間に本件土地の賃貸借契約が成立すると同時に、土地賃貸借契約書(乙第三号証)を作成したが、その頃被控訴人からその所有にかかる本件土地に近接する土地を借りていた柴田組との間にその賃貸借に関し紛争が生じたので、本件賃貸借についても将来の紛争を防止するため、私書証書による契約内容を確実ならしめると共に後記認定の如く本件賃貸借が一時使用のために借地権を設定した場合であることを明瞭ならしめる趣旨で、即決和解の申立がなされ、控訴人もこれを諒承し、その趣旨で裁判上の和解をなしたものであることが認められ、原審における被告本人富永正夫の供述中右認定に抵触する部分は信用しがたく、他に右認定をくつがえすに足る証拠がないので、控訴人の右主張はその理由がない。(二)、控訴人は右和解期日に被控訴人は勿論その代理人も出頭せず、かつ裁判所書記も立会しないで和解がなされ、而も右和解は大阪区裁判所の法廷で行われなかつたものであるから無効であると主張するが、前記甲第四号証に原審における証人鳥巣新一、馬野登の各証言、当審における証人佐伯善伯、阿部泰一の各証言を綜合すると、和解の当日は午前一〇時頃被控訴人の大阪北支社に被控訴人側はその代理人である弁護士鳥巣新一、社員の馬野登、被控訴人の代理人弁護士原田好郎の事務員佐伯善伯、相手方として控訴人の外三名が集り、相前後して大阪区裁判所に到り、即決和解の申立書を提出したところ、係判事の面前で和解がなされるまでに相当の時間がかかるというので、鳥巣弁護士は一時他の用件で一同の許を離れたが、同日午前一一時過頃係書記から呼出があり、その頃帰つてきた鳥巣弁護士と待ち合せて一同大阪区裁判所の法廷に入り、係判事西村初三の面前で、係書記籠谷一臣立会の上、右和解が成立したものであることが認められ、原審における証人富永英治の証言、被告本人大山吉雄、富永正夫の各供述、当審における控訴人本人の供述中右認定に反する部分は前記各証拠に照らして措信しがたく、他に右認定をくつがえすに足る証拠がないので、右和解は控訴人主張の理由により無効となることなく、控訴人の右主張も採用することができない。(三)、控訴人は右和解条項中賃貸借期間二年とあるは借地法第一一条の規定に反し無効であるばかりでなく、同条項中臨時設備その他一時使用の目的で本件土地を賃貸する旨の約定、および賃貸期限を昭和二三年六月一九日までとする旨の約定は控訴人にかかる約定をなす意思なきか、右は事実に反し被控訴人と通じてなした虚偽の意思表示によるものであるか、または、控訴人においてその趣旨を理解せずしてなされたもので、法律行為の要素に錯誤あるものとして無効であると主張するが、本件賃貸借契約は後記認定の如く、一時使用のために借地権を設定したことの明かな場合であつて、賃貸借期間の約定は借地法に違反することなく、また、和解条項中控訴人主張の如き約定はいずれも一時使用のために借地権を設定したものであることを表わすためになされたものであり、控訴人において十分その趣旨を諒解して該約定がなされたものであることも後記認定のとおりであるから、右約定はその意思なくしてなされたものでも、通謀による虚偽の意思表示にもとずくものでもなく、また、法律行為の要素に錯誤ある意思表示によるものでもないことが明白であつて、控訴人の右主張もその理由がない。(四)、控訴人は右和解調書の執行力ある正本にもとずき本件土地の明渡の執行をなせば足り、再びこれが明渡を求める本訴はその必要がなく不適法であると主張するが、本件和解調書(甲第四号証)によると、被控訴人において同調書添附の第一物件目録記載の土地を自ら使用し、または、他に売却する場合においては賃貸期間中といえども、控訴人に対し一ケ月の猶予期間を以てこれが明渡を請求しうべく、控訴人は自らの費用を以て同調書添附の第二物件目録記載の工作物を収去して右土地を明け渡し、かつ、右土地を原状に復するものとする旨の約定あるも、右は本件賃貸借の一条件を定めたもので、これによつて直ちに控訴人の本件土地の明渡義務を認めたものと解しがたいばかりでなく、右和解調書添附の物件目録には賃貸土地の表示として、大阪市北区小松原町二七番地の内土地一〇〇坪とだけあつて同番地の土地のどの部分であるかが表示されておらず、また、地上物件の表示として、木造スレート、および瓦葺平家建四戸この建坪八〇坪ならびに附属工作物とあつて、当事者間に争のない現存の地上物件と一致しないので、右和解調書によつては本件家屋収去土地明渡の執行は望まれないので、被控訴人において本訴によつて本件家屋を収去して土地の明渡を求める必要があり、本訴は控訴人主張の理由によつては不適法となることがないので、控訴人の右主張は採用に値しない。

次に、控訴人が本件土地を別紙図面記載の如く(一)ないし(四)に区画し、(一)、(三)の部分に建築された各家屋を店舗として開業し、(二)の部分を松井信一に、(四)の部分を永砂勇太郎に転貸し、同人等もそれぞれ同地上に家屋を建築して店舗を開業したこと、昭和二二年一一月頃(三)、(四)の部分に存した家屋が火災によつて焼失したこと、被控訴人が昭和二二年一二月一〇日控訴人着の書面で、無断転貸を理由として本件賃貸借解除の意思表示をしたことは当事者間に争がない。控訴人は右転貸借については当時被控訴人の承諾を得ているので、右賃貸借の解除はその効力がないと主張するので考えるに、成立に争のない乙第一五号証の一、二、三に、原審における証人富永英治の証言、被告本人富永正夫の供述、当審における証人馬野登、富永英治の各証言、控訴本人の供述を綜合すると、控訴人は頭初から本件土地の一部を松井、永砂に転貸する予定の下に、被控訴人の大阪営業部の営業部長武田仲雄に賃借の申入をなし、賃貸借契約成立前、被控訴人側からは右武田仲雄の命によつて社員の馬野登が立ち合い、控訴人、松井、永砂の間で本件土地を別紙図面記載の如く(一)ないし(四)に地割をなし、控訴人は(一)、(三)の部分約七〇坪を使用し、(二)の部分約一六坪を松井に、(四)の部分約一五坪を永砂に転貸することとし、その後、昭和二一年六月二〇日被控訴人との間に賃貸借契約を締結したもので、松井、永砂は右地割後間もなく建築に着手し、それぞれ右家屋を店舗として開業したこと、その後、被控訴人に昭和二二年一二月まで松井、永砂に対する転貸について何等異議を述べなかつたことが認められ、右認定事実に前記各証拠を綜合すると、被控訴人において右転貸について承諾を与えていたものと認むるを相当とする。右転貸をなすに至つた経緯が叙上認定の如くであるから、本件賃貸借契約における転貸禁止の約定は右認定をなすの妨げとなることなく、むしろ右約定は松井、永砂以外のものに対する転貸を禁止したものと認むるを相当とし、他に右認定をくつがえすに足る証拠がない。従つて被控訴人のなした前記賃貸借の解除はその効力がないものといわなければならないので、被控訴人主張の第一の事実にもとずく被控訴人の請求は失当である。

更に、被控訴人主張の第二の事実にもとずく請求の当否について判断する。

本件賃貸借が借地法第九条にいわゆる一時使用のために借地権を設定したことが明かな場合にあたるか否かについて争があるので検討するに、借地法第九条にいわゆる一時使用のために借地権を設定したことが明かな場合というのは賃貸借の動機、目的、態様その他諸般の事情から賃貸借を短期間に限つて存続させる合意があつたと認むべき相当の理由がある場合を指称するものと解すべきところ、成立に争のない乙第一ないし第三号証、同じく甲第一、第三、第四号証、第五号証の一、二、第一七ないし第一九号証に原審における証人馬野登、服部正三、武田仲雄の各証言、証人富永英治の証言の一部、被告本人大山吉雄の供述の一部、当審における証人馬野登、永幡正之、阿部泰一の各証言、控訴人本人の供述の一部、原審ならびに当審における検証の結果を綜合すると、(一)、被控訴人は関西、九州地区における営業を総轄するための事務所、および無料診療所を建設する目的で、大阪市北区小松原町二七番地の宅地一一〇七・四坪(本件土地を含む)を買い取つたもので、昭和一一年頃同地上に八階建のビルを建設するため大阪府に建築許可を申請して却下され、その後日華事変につぐ今次戦争のため、資材の入手ができなくて、一時中絶を余儀なくされていたが、被控訴人は右計画を抛棄することなく、これがために本件土地を含む前記土地を保有してきたものであること、(二)右土地にあつた被控訴人の大阪営業所の建物は戦時中空襲によつて焼失し、同地上には被控訴人の大阪北支社の建物が残存するに過ぎず、他は空地の儘雑草が生え、瓦礫が散在し、荒廃するにまかされていたところ、場所が大阪駅に近く阪急百貨店と道路を距てて相対する絶好の位置にあつたため、終戦後第三国人が右土地の一部を不法に占拠し、当時警察力に訴えてもこれを阻止することが困難であつたので、被控訴人においても初期の目的を実現する見込の立つまで、暫時右土地を信頼できる借地人に賃貸することとなり、被控訴人の神戸支社長永幡正之から紹介のあつた大山吉雄に約三〇〇坪、被控訴人の大阪北支社長富永英治から紹介のあつた控訴人に約一〇〇坪、その他塩野茂治郎、阪急園芸株式会社等いずれも賃貸期間二ケ年とし、被控訴人において必要のときは何時でも明渡を請求しうる約旨の下に賃貸したもので、右期間は賃料改定の期間でないこと、なお大山吉雄および控訴人においては右の如く暫定的に賃貸するものであることを諒解して賃借したものであること、(三)、本件和解調書には和解条項として被控訴人は控訴人に対し臨時設備その他一時使用のための目的で本件土地を賃貸する。本契約期限は昭和二三年六月一九日までとする。また被控訴人において必要あるときは賃貸期間中といえども一ケ月の猶予期間を以て明渡を請求することができる旨の約定があること、(四)、本件土地を含む前記一一〇七・四坪の土地は阪急百貨店の東側にあつて、道路を距ててこれと相対し、大阪駅にも近く、場所としては絶好の位置にあり、被控訴人においては右土地を買収当初からここに高層建築物の建設を企図し、叙上認定の如き経緯から、暫定的にその一部を控訴人等に賃貸したが、なお西南隅の一画は戦災を免れた残存建物と共に、その儘被控訴人が占有しており、右一一〇七・四坪の管理の情況が暫定的であり、被控訴人は現に右地上に大阪の玄関口として恥しくない立派なビルを建設する意向であることを認むるに十分であつて、これらの事実に右認定のために挙示した各証拠を綜合するときは、本件賃貸借は一時使用のために借地権を設定したことが明かな場合に該当するものと認むるを相当とし、原審における証人富永英治の証言、被告本人大山吉雄、富永正夫、野村卯三郎、佐藤家明の各供述、当審における証人松井信一、富永英治の各証言、控訴本人の供述中右認定に牴触する部分は前掲各証拠に照らして当裁判所の心証を惹くに足らず、その他、控訴人は本件土地を賃借したのは同地上に家屋を建築し、これを店舗として高級喫茶店を経営する目的であつて、同地上に建築された家屋も本建築であつて、仮建築物でないと主張するが、借地法第二条にいわゆる堅固の建築物というなら格別、本件家屋は木造瓦、スレート交葺二階建に過ぎないから、それが本建築であれ、それだけでは叙上認定をくつがえす資料となしがたく、被控訴人において控訴人が本件土地の一部を松井、永砂に転貸するにつき承諾を与えたことは前記認定のとおりであるか、控訴人に対し本件土地を一時使用のために賃貸期間を二ケ年として賃貸し、右条件の下に転貸を承諾したものであることも、叙上認定の各事実に徴し自ら明白であるから、右転貸を承諾したことも亦右認定をなすの妨げとなることなく、また、本件裁判上の和解条項には期間満了の際被控訴人において異議なきときは、更に満二ケ年を限り更新する旨の約定あるも、叙上認定の如く被控訴人は初期の目的を実現する見込が立つまで、暫定的に本件土地を賃貸したものであるから、約定期間が満了するも、なお目的実現の運びに至らない場合あるを慮り、更新の約定をなしたものとも考えられ、かかる約定は必ずしも一時使用のための賃貸借と両立しないものでもないから、これを以ても前記認定を左右することができない。なお控訴人は本件家屋の建築に多額の資金を投じたことから見て期間二ケ年の約定は賃料改定の期間であつて、本件賃貸借は一時使用のための賃貸借でないと主張するが、本件土地は道路を距てて阪急百貨店と相対し、近くに大阪駅を控え、北大阪でも人通の多い恰好の場所もあり、而も控訴人の借地の目的は高級喫茶店の経営であるので、短期間に投下した資金を回収することも強ちできないことでもないので、右事実も叙上認定を左右するに足らず、他に右認定をくつがえすに足る確証がない。従つて本件賃貸借は借地法第九条にいわゆる一時使用のために借地権を設定したことが明かな場合にあたるので、これには同法第二条ないし第八条の適用がなく、同法第二条の規定に従い本件賃貸借の期間は三〇年であるとする控訴人の主張はその理由がない。而して前記甲第五号証の一、二によると、被控訴人は昭和二三年六月一四日控訴人に対し内容証明郵便を以て、本件賃貸借を更新しない旨通知し、該通知が同月二〇日控訴人に到達したことが明白であるから、本件賃貸借は昭和二三年六月一九日限り期間満了によつて終了したものと認むるを相当とする。さすれば、控訴人は被控訴人に対し本件賃貸借の終了にもとずき、賃借土地を明け渡すべき義務あるものといわなければならない。

次に、控訴人は本件賃貸借の期間が二ケ年の約定ならば、借地法第四条に従い賃貸借の更新を請求する。被控訴人においてこれを承諾しないときは、同法第四条第二項の規定に従い本件家屋、および自らの権原にもとずき本件土地に附属せしめた物の買取を請求すると主張するが、本件賃貸借が借地法第九条にいわゆる一時使用のために借地権を設定したことの明かな場合にあたることは前示認定のとおりである以上、本件賃貸借については同法第四条の適用がないので、控訴人の右主張はその理由がなく、本件賃貸借については当時者間に前示認定の如く更新に関する特約あるも、被控訴人において遅滞なくこれを拒絶したことも、叙上認定のとおりであるから、本件賃貸借は更新されなかつたものといわなければならない。

更に控訴人は本件土地の明渡を求める被控訴人の請求を権利の濫用として許されないと主張するので考えるに、被控訴人は控訴人に対し本件土地を一時使用のため賃貸期間二ケ年と定めて賃貸したもので、右賃貸借は既に期間の満了により終了しており、被控訴人は本件土地を含む前記一一〇七・四坪の土地に予ねて計画せる高層建築物を建設する必要に迫られて明渡を求めるに至つたものであることは上叙認定事実によつて明白であるから、被控訴人において控訴人に対し本件土地の明渡を請求するは権利の行使として当然のところであつて、これを権利の濫用として許されないものとなす控訴人の主張はその理由がなく、採用することができない。

なお控訴人は本件土地中控訴人、および富永アヤが現に占有する部分は六三・〇一坪であつて、その余の土地は控訴人以外の者が占有し、被控訴人は同人等との間にその明渡につき控訴人主張の如き裁判上の和解をしているから、同人等の占有部分につき、控訴人に対しその明渡を求める請求は失当であると主張するが、被控訴人の控訴人に対する本件土地の明渡請求は本件賃貸借の終了を原因とする明渡義務の履行を求めるものであるから、控訴人において現に本件土地を占有するか否か、また被控訴人において現に右土地を占有する者との間に右の如き裁判上の和解をなすと否とは、控訴人の右明渡義務に何等の消長がないので、控訴人の右主張も採用することができない。

次に、被控訴人の控訴人に対する本件家屋収去の請求の当否について判断する。

控訴代理人が昭和二六年一〇月九日の原審口頭弁論期日に本件家屋が控訴人の所有であることを認むる旨の自白をなし、昭和三一年三月三日の当審口頭弁論期日に右自白を取り消したことは本件記録上明白であつて、成立に争のない乙第一六号証、第一七号証の一、二同じく甲第一六号証によると、本件家屋は富永アヤの所有であると認むるを相当とするので、右自白は事実に反することが明白であり、何等反証のない本件においては、控訴代理人において錯誤にもとずいて右自白に出でたものと推認せられるので、右自白の取消はその効力があるものといわなければならない。従つて控訴人に対し富永アヤ所有の本件家屋の収去を求める被控訴人の請求は失当として棄却する外はない。

更に、被控訴人の控訴人に対する賃料、ならびに損害金請求の当否について判断する。

本件土地の賃貸借契約が昭和二三年六月一九日限り終了したことは前記認定のとおりであつて、控訴人において本件土地に対する昭和二二年一二月一〇日以後の賃料、ならびに賃料相当の損害金を支払つたことについて何等主張立証のない本件では、控訴人は被控訴人に対し、本件土地一〇〇坪につき、昭和二二年一二月一〇日から昭和二三年六月一九日まで一ケ月金五〇〇円(一坪につき一ケ月金五円の割合による)の割合による約定賃料の支払義務あるは勿論、その後は右土地の明渡義務の不履行を原因として、昭和二二年六月二〇日から右土地明渡済に至るまで一ケ月金五〇〇円の割合による賃料相当の損害金を支払うべき義務あるものといわなければならない。

そうだとすれば、被控訴人の控訴人に対する本訴請求は、叙上認定にかかる義務の履行を求める限度においてこれを正当として認容し、その余はこれを失当として棄却することとし、これと符合しない原判決を右のとおり変更し、訴訟費用の負担につき民訴第九六条、第八九条、第九二条、第九四条、仮報行の宣言、および仮執行免除の宣言につき同法第一九六条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 吉村正道 大田外一 金田宇佐夫)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例